村上春樹はかつてエルサレム賞受賞スピーチで
「もしここに硬い大きな壁があり、そこにぶつかって割れる卵があったとしたら、私は常に卵の側に立ちます」と言った。
『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』は、卵の側に立った人たちの物語です。
ジャーナリズム物。
『スポットライト』、『ペンタゴンペーパー』、『大統領の陰謀』、『ザシークレットマン』、『スキャンダル』などと同じ系譜ですね。
巨悪を暴くジャーナリストたちの物語。
ジャーナリストに限定しなければ、『黒い司法』や『エリンブロコビッチ』、『ミナマタ』などとも同じ系譜だともいえます。
許しがたい震えて涙が出るような怒りや恐怖。その人たちの側に立った黄金の精神を持つ勇気の物語です。
勇気を持った人たちへの人間讃歌です。世の中はひどいことが多いけど、まだまだ捨てた物でもないんです。
上の作品で、ひとつでも面白かったと思う作品があるなら、観て損はないと思います。
キャリーマリガン、言うまでもないですが、やっぱ良い。『ドライブ』や『私を離さないで』、『プロミシングウーマン』などで、キャリーマリガンの素晴らしさは証明済みなんだけど、今回もそれらと同様かそれ以上に良い。
何かを葛藤しているかのような表情やニューヨークやニューヨークタイムズオフィスを闊歩する姿、ずっと見てられる。
特に良かったのは以下二つのシーン。
調査対象の弁護士から情報を引き出すマリガンの貫禄。
「どのくらい? 40?」
「……」
「まさか、そんなにはないわよね」
「……」
「それ以上あるかどうかだけ教えて」
「……。私からは……。いや、40はない」
「そう……。その半分くらい?」
って感じでその弁護士を詰めていくんですよ。誰もいない掃除後の会社のカフェテリアで。ここマリガンの演技がすごい見応えがあります。あの緊張感は『トゥルーロマンス』の主人公の父親役のデニスホッパーとマフィアのクリストファーウォーケンの会話対決に通じるものがありました。つまりすごい褒めてます。
またもうひとつ好きなシーンは、キャリーマリガンが、リンゴを齧りながらオフィスを闊歩するシーン。画面でいうと左から右へ移動です。カツカツ歩きつつ、リンゴをゴミ箱にドカっとダンクするように捨てるシーンは、「よっしゃ!やったるぜ!」という気合いや怒り悲しみなど、様々な想いがリンゴダンクに込められてます。
かっこいいです。
俳優たちの演技が素晴らしいので、見れるんですが、物語の進行は地味っちゃ地味だ。
ジャーナリストが追われたり拉致されたり、そういうアクションはない。大声で議論する場面もない。でもしみじみとた恐怖が物語の根底に流れてるんですよ。
もし俺が被害者だったらどうしよう?
ってずっと仮定しながら見るんですよ。想像すると辛さすぎる、ムカつきすぎる、怖すぎる。
現実にあったことなんだぜ、と再度想像します。
法があまりにも弱者に不利に働くシステムに、怒りで涙が出そうになる。それも、この話は2016年。最近のことと思うと余計にムカつきが増す。
村上春樹は上記の同スピーチで言います。
「システムに我々を利用させてはなりません。システムが我々を作ったのではありません。我々がシステムを作ったのです」
ときどきこの言葉を真剣に考えたいと、この映画を見て思いました。