カモメのつぶやき

好きな映画や本のことを書きます。あとアメリカに留学してたこともあるので、留学や英語にいつても書くことがあります。

パルプフィクション初映画館鑑賞。俺たちのタランティーノ

 私は70年代生まれ。その世代の映画好きにとって、タランティーノは特別な存在の映画監督です。そんなタランティーノの映画「パルプフィクション」を映画館で初めてみた。

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 自分の場合は、東映まんがまつりやガンダムなどのアニメ映画を経て、ジャッキーチェンで決定的に映画好きになりました。

 ジャッキーのカンフーや、超絶スタントにプラスされたコメディセンス。ジャッキーは確実に天下を取っていた時期がありました。香港だけど、日本の国民的な人気が確かにあったんです。

 しかし人気のピークがあれば、その翳りも確実にあります。「ジャッキーはダサい」という風潮が発生したのです。

 なぜか?

 スタローンやシュワ、そしてスピルバーグに代表されるキラキラしたブロックバスター的黄金の80年代ハリウッド映画。

 アメリカです。アメリカの輝きに対してジャッキーチェンはあまりにアジア的、日本人に身近すぎた。当時の子供からすると、アメリカなんて国はフィクションに近い存在でした。アメリカどころか同級生でパスポート持ってるやつなんか知らないし、もちろん両親だって持っていません(両親はいまだに持ってないし、ひとりは持たぬまま死にました)。

 80年代のアメリカはほとんど架空の国に近かった気がします。映画の中の宅配ピザや高校生が車を運転。着古したジーンズにスニーカーとカットオフして袖のないTシャツやジージャン。家に入る時靴を脱がないし、なんならベッドまで土足です。とにかくイカしてるんですよ。そういうカルチャーを知った小学生の頃の幼馴染から「ジャッキーはダサい」と。ショックでした。私はジャッキー映画を愛していましたから。そう言われてからもスパルタンXから高校3年卒業まで、全てのジャッキー映画を劇場に行ってました。

 しかし私は中学生になる頃にはジャッキーラブは隠すようになりました。スタローンやシュワはOK。アメリカだし。トムクルーズとチャーリーシーンという若手スターも小学校高学年から台頭してきて、おしゃれ、あるいは「モテ」を意識した俳優に興味を持ち始めました。リバーフェニックスはそんな若手映画スターの象徴のような俳優で、リバーフェニックスを思うと今でもなんとも言えない気持ちになります(今思い返してみると、トムクルーズだろうが、リバーフェニックスだろうが、映画好きという男子はあまりモテなさそうで、モテたいならもっと別の方向性で勝負するべきだったかもしれません)。

 ちなみに、高校生くらいになると、まずスタローンが、そしてそれから少し遅れてシュワが恥ずかしい存在に成り下がってしまいました。シュワは「ターミネーター2」のヒットや、日本のCMに出まくってお茶の間の人気者になってはいましたが、若者たちの流行とは恐ろしいものです。スタローンもシュワもあのマッチョ感が災いしたのでしょう。ガチムチは敬遠される時代に突入したのです。

 私は隠れジャッキー信者であると同時にスタローンもこよなく愛しており、シュワだってまあまあ大好きでしたから。この流れは辛い流れでした。世間がダサいというものに対して、ティーンネイジャーの自分は胸を張って「好きだ!」と言える胆力は持ってませんでした。言えないお前がダサいよ、とあの頃の自分に言ってあげたいのです。

 前後はするもののそういう時代を経て、高校生や大学生の私は、社会派オリバーストーン監督のファンを公言しつつ、それに出演する俳優であるトムクルーズやチャーリーシーンなどの俳優も、そういう文脈で好きになっていきました。つまらない男と思うかもしれませんが、当時ジャーナリストに憧れていた自分にとって、あれはあれで自分の中では筋を通していたと思います。

 また大学生になると、映画よりも友人たちとの付き合いをより重視するようになり、映画はその付き合いの一環くらいのコンテンツになっていました。

 そんな中、親しい映画好きの友人があるVHSを入手して一緒に見た映画。

 それがタランティーノの「レザボアドッグス」と「パルプフィクション」だった。初めて見たときの感想は「ん? こういうの面白いのか?」という感じで、実は衝撃とかはなかった。ジャッキーやスタローンやシュワのアクション出身の自分からすると、普通の人間同士の話はなんとなく退屈な感じもしなくもないと感じた。

 しかし明らかに新しい感じがしたし、何よりその映像や音楽のスタイリッシュさも、若者の自分にとって刺さるものがあった。その後「トゥルーロマンス 」を見て、決定的にタランティーノ(この映画は脚本で監督してないけど)にハマった。

 タランティーノを一番象徴する映画が、自分的にはやっぱり「パルプフィクション」だと思う。

 時系列を入れ替える物語の進行。一発屋曲のフックアップ。サミュエルLジャクソンとユマサーマンの発見。黒いスーツとネクタイ。ユーモアある犯罪者たちの描写。70年代的なオマージュ。ジョントラボルタとブルースウィルスの復活。

 数えあげればキリがないです。何よりタランティーノ的なのは、登場人物同士の物語と関係ない会話でしょうか。これは映画史においてかなりの発明でしょう。

 そして自分的にタランティーノにハマった理由として、俺たちの世代の映画監督だということです。タランティーノの年齢は私より少し上ですが、今までの映画は与えられてきたものという気持ちが強い。ジャッキーにしろスタローンにしろスピルバーグにしろ。「こういう面白い映画があるから、どうぞ」というような。

 しかしタランティーノは自分たちで見つけた感が強い。俺たちが発見したんだ、という。実際はぜんぜんそんなことないんですが、初の世代が近い映画監督なのもあって、そのフレッシュさといったら、もう味わうことはできない感覚です。タランティーノ以降も素晴らしい監督は登場して次々とヒット作品を産んでますし、大好きな映画監督は何人もいますが、タランティーノほど「俺たち」感ある映画監督はいません。タランティーノ自身のそのオタク性なんかもその要因でしょう。「冴えない俺たちの代弁者」的な。「トゥルーロマンス」の主人公はエルビスプレスリーとカンフー映画オタクのレンタルビデオ屋店員で、レンタルビデオ屋の店員だった自分を投影しており、そういう感じがとても親近感を持たせてくれるのもタランティーノの素敵なところでしょう。

 で、午前10時の映画祭という企画でリバイバル上映していた「パルプフィクション」を見に行ったわけですが、良かった。30年何度も何度も見返してきた「パルプフィクション」。VHSで、DVDで、配信で。でもそれほど好きな映画を映画館で見たことなかったので、やはり見ておくべきでしょう、と思い、早起きして少し遠い映画館へ鑑賞してきました。

 良いよ。全てが。やっぱり「俺たち」の映画でした。きっと死ぬまで好きな映画でしょうね。

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中年男にピッタリなのは黒のレザーコートではないか?と映画を見て思った話

 最近好きなのは革のコート。特に黒。アメリカ映画で中年男性がよく着てるんですよ。

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 こういうようなやつ。

 「ミッドナイトラン」のロバート・デ・ニーロとか、「トレーニングデイ」のデンゼル・ワシントンとか、「セブン」のブラピも着てましたね、若いけど。「ロッキー」のスライも忘れてはいけません。

 日本人の中年男性が着るのも良いと思います。というか中年になったら黒の革コートを着れば良いじゃんって思いますね。

 

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 デニーロ御大。

 流行りの服やどでかい腕時計やレア物のスニーカーなんかより、デニーロの気取らないファッションが刺さります。

 気取らずにデニーロが着用しているハーフ丈の革のコートが良い感じです。中年男は黒の革コートを着るべきだと思わせる映画です。デニーロが付けてる調子の悪い腕時計も良いんですよね。これ見ると金持ちじゃない方がかっかいいといつも思います。

 この映画は、デニーロ映画の入門編としてもすげえおすすめ。何度見ても面白い。

 

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 悪のデンゼル・ワシントン。

 珍しいかもしれません。すっげえ嫌な奴なんですよ、今回のデンゼルは。犯罪汚職刑事ですからね。新人刑事イーサン・ホークへのパワハラもきっちりやります。 新人ジェイクに対し、麻薬の服用を強要したり、危険な現場への放置し使えるかどうか見極めようとしたり、とにかくめちゃくちゃです。同じデンゼルが演じる丁寧な暮らしをモットーに生きる「イレーザー」のマッコールさんとは全然違います。映画版上司にしたくないランキングがあるなら、トップランクに入ることは間違いないです。

 でもそんなデンゼルが着る黒のカーコートはめちゃくちゃイカします。ワルが自然に着こなしてる感じがすごく魅力的なんです。ワルってファッションがカッコよかったりしてそれも相まって魅力的に見えてしまうんですよね。悪い男はモテるのもわかる気かまします。

 

 そして「ロッキー」。シルベスター・スタローンの名作です。劇中ロッキーの普段着は黒いハットに黒いコートです。黒いパンツと革靴も着用。コートの下はグレーのスウェットです。黒い指なしの革手袋もしてますね。言うまでもなくロッキーはボクサーなんですけども、それだけでは食べていけないから、ヤクザの借金取りの仕事もしています。70年代フィラデルフィアのうらぶれた街並みに、ロッキーの黒いレザーコートがとてもマッチしてるんですよ。おしゃれ映画に見えますし、実際おしゃれな映画ですよ「ロッキー」は。筋肉映画だと思って敬遠してる方がいるなら一見の価値ありだと思います。

 

 「セブン」のブラピももちろん良いです。ブラピは何着てもカッコいいので、参考にならないかもですが、参考になります。ブラピはスーツの上から革コート着てます。

 短髪。スーツ。ネクタイ(変な柄)。黒の革コート(劇中一度だけステンカラーコート的な革じゃないの着てますがそれも良い)。すげえ真似しやすくないですかね。しかもブラピの真似って気づかれにくいです。どれもアイテム的に普通だから。現代日本においては、サラリーマンの人は革のコートは、ど真ん中のリーマンドレスコードとはちょっと違うかもしれませんが、悪くないと思います。ただブラピくらいシャツがクシャクシャだと、かしこまったビジネスシーンでは少しそぐわないかもしれません(でもあのクシャクシャシャツがカッコいいぜ)。

 

 というわけで、黒のレザーコート、おひとついかがですか? 何気に春の気候に合いますよ。真冬はインナーダウンを下に着ればまあまあの暖かさをキープできますし。

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モッズコート、いろいろあるけど結局何がおすすめ?

 モッズコート。便利ですよ。

 寒い日にはそれを着れば、まあまあ暖かいし、それなりにおしゃれっぽくなるし、ここ数年なのか10年くらいなのか、あまり流行り廃りはないし。

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 気になってる人は即買ったら良いと思います。どんなやつでも良いです。好みのやつを買ったら良いと思います。

 でもそれでも、とっかかりとしての情報が欲しい、という方もいるかもしれません。なので、そういう方が、もし友人なら、自分ならこういう話をするよ、というお話をしたいと思います。

 私はなぜかモッズコートに惹かれており、冬はいつもモッズコートばかり着てます。スーツの上からでも着るし、ジーパンのときもきるし、セットアップのときもきるし、スウェットのときも着るし、まあ大体それ着てます。

 古着やデッドストックやらレプリカやら、いろいろ購入した経験もあります。モッズコートに関しては、そういう人です。

 

モッズコートとは?

 モッズコートとは。簡単に定義しますと、軍用パーカをルーツにした長丈コート。と言えるかもしれません。英語だとパーカとはフードあってもなくてもパーカって言うみたいです。オアシスのリアム・ギャラガーはパーカ好きで有名で、フードなしのモッズコート着てたときも「パーカ」って言ってましたから。

 

 という前段はこのくらいにして、モッズコート好きな私のおすすめをいくつか紹介します。

 

定番のヒューストンM-51 

 やはりまずはこれでしょう。ド定番です。とりあえずこれ買っておけば良いんじゃないかな、と思える名品だと思います。その理由は以下。

1. 定番中の定番。

2. ゆえに流行り廃りがない。

3. (たぶん)10年先も古さは感じない。

4. 逆に新しさもないけど、だがそれが良い。

5. 着倒してボロボロになってもまた同じやつを買える。

 そんなところですかね。欠点と言えばいまだに「踊る大捜査線」みたいって言われますが、それはモッズコート全般に言えることなので、まあそこは諦めてください。

 

クオリティを求めるなら

 日本アメカジメーカーの雄。バズリクソンズのM-51ももちろん良いです。

 

 

フードなしも良いね

 

 

 

『閃光のハサウェイ キルケーの魔女』閃光は、ここにはなかった ──それでも心拍数が上がる瞬間は、確かにあった

そもそもの話だが、ガンダム宇宙世紀物しか見ない。

ファースト、Ζ、ΖΖ、逆シャア

ユニコーンは途中で離脱している。

例外的にジークアクスは見た。


この時点で何を言っているのかわからない人は、今回はターゲットではないと思う。

悪いが、別の記事を読んでほしい。


もう少し厳密に言うと、オリジンの漫画は好きだし、ククルス・ドアンの映画も好きだ。ポケットの中の戦争も好きだが、あの辺りの他のスピンオフは見ていない。


つまり、70〜80年代までのガンダムが好きで、例外的にポケ戦や漫画オリジンまではOK、という立ち位置だ。


さて、ハサウェイである。

宇宙世紀もの。

しかもシャアとアムロが絡んだ世界の、その先。

逆シャアの続編だ。ユニコーンは自分の中ではスピンオフ、もしくはパラレルワールドに近い感覚がある。


映画『閃光のハサウェイ』。

一部も二部(キルケーの魔女)も観た。

正直に言うと、そこまでハマっていない。ハサウェイというキャラクターに魅力を感じない。

 

これは日本漫画における、主人公の世代交代問題そのものだと思う。

孫悟空から孫悟飯

キン肉マンからキン肉マンII世

ナルトからボルト。

なかなか初代の面白さを超えられない(世代交代の元祖的存在であるジョジョは、うまくやっていると思う)。


いうまでもなくハサウェイは初代ガンダムの主人公の戦友ブライト・ノアの子供だ。

どうしても「おぼっちゃん感」がつきまとう。

この育ちの良さが、主役としての切迫感を削いでしまう。


そして何より、タイトル詐欺だ。ハサウェイは、ぜんぜん閃光感がない。ずっとウジウジしている。

確かにアムロもウジウジしていた。でも、アムロのそれには共感があった。当時のロボアニメとしては異質な内向性であり、少年が戦争に巻き込まれたら、そりゃそうなるよな、という妙な等身大の説得力があった。


言い換えればファーストガンダムアムロの成長物語でもある。内向的な少年が、戦士になっていく物語。両親との別れ、仲間との関係、敵との邂逅。そこに引き込まれていった。


だが、今回のハサウェイは違う。何にウジウジしているのかが、よくわからない。

目的もはっきりしない。


いや、わかるよ。逆シャアのとき、アムロの恋人チェーンを殺してしまった罪悪感や初恋の相手クエスを足なった悲しさ。そんな戦争体験をしたハサウェイはシャアの思想に共感してる。しかしアムロの「人はそんなに愚かではないし、いろいろな問題を乗り越えることができるはず」という理想も捨てきれないまま、連邦政府の腐敗した支配階級を暗殺して、人類を宇宙へ押し出し、進化を促したい──。

そういう話なのだろう。だが、その切実さが伝わってこない。

今回の作品は大人っぽく見せようとしすぎて、語り口が逆に若く感じる。

難解なのではない。何をしている話なのかが掴みにくい。

ハサウェイが連邦政府のクソな高官を暗殺したい、という肝心な部分でさえ、わかりづらい。

難解映画の代名詞のような『テネット』の方が、まだ理解できた。高度だからではなく、語り口が幼いと感じる。子供が思い描く悩める大人。そんな感じだ。

正直に言うと、富野由悠季が監督してほしかった。もっと大人は大人に描かれていると思う。

 

もう一つ。

『キルケーの魔女』の登場人物は、揃いも揃って好きになれない。

ケネス・スレッグ。

優秀な大佐という設定自体は悪くない。人生の 酸いも甘いも噛み分けた大人って感じだが、ルックスがイケメンすぎて、ランバラルのような歴戦の雄としての貫禄に欠ける。また人としてバランスが取れすぎていて、正直つまらないともかんじる。シャアのようどこか壊れていてほしい。


ギギ・アンダルシアは、富野作品おなじみの「ふしぎちゃんヒロイン」。好きではない。ただし、ガンダム映画としては正解だと思う。ファッションショーも悪くない。我慢するよ。うん。ガンダムを見続けてる自分は慣れてるから、ああいうヒロイン。嫌じゃなくて、むしろ良かったのかもしれない。

 

あとクスィーガンダムが、刺さらない。

クスィーガンダムもカッコよくない。ウルトラマンエースの超獣、ラーメン全部のせ系。トゲが多い方が強い美学が合わない。CG的な動きも良くなかった。ゲームみたい。劇場版「超時空要塞マクロス」のラストバトルのアニメーションを求めても仕方ないのは理解してるし、自体は変わったのだ。

一緒に見た知人たちは、カッコいいと言ってた。俺が時代遅れなんだと思う。

 

しかしそれでも、確実に「あがる」瞬間。ガンダム最新作は否定だけでは終わらない。

ブライトとミライの登場。

完全に接待だとわかっていても、条件反射でテンションが上がる。あの二人が画面に立つだけで、宇宙世紀感がマックスにあがる。

「ブライトさんもミライさんも、ハサウェイのこと何にも知らないんだな」と親になった俺の心をギュッと辛くさせる。切ない。

 

後半に差し込まれる逆シャア要素も同じだ。

理屈じゃない。長年刷り込まれた感情が、勝手に反応する。アムロ。やはりアムロがいてこそのガンダム。ZZが軽んじられてるのは、あのコメディタッチではなく、シャアとアムロの不在が理由な気もするが、どうだろうか。ハヤトは戦死してしまうところは良かった。


そしてラストのガンズンローゼス。

製作者が、どういうつもりなのかは分からない。

ロックキッズだった俺は興奮した。

宇宙世紀に生きてきた人間のツボを、正確に突いてくる瞬間はある。

 

『セント・オブ・ウーマン/夢の香り』 いつの時代にも通じる「黄金の精神」を描いた映画

この映画を観て「良かった」と思わない人は、たぶんいない。

そして多くの人が同時に思うはずだ。アル・パチーノ、さすがだと。

彼が演じるのは、盲目の退役軍人・フランク・スレード元大佐。偏屈で、毒舌で、危うくて、それでいてどうしようもなく魅力的な男だ。

語り草になるのは、やはりラストのスピーチだろう。

派手な動きは一切ない。ただ「しゃべる」だけ。

それなのに、あれほど胸を打つ演技があるだろうか。

久しぶりに、「演技とは言葉と魂だけで成立するものだ」と思い知らされた。しかし、アル・パチーノの凄さは、決してそこだけではない。


物語は、若者(クリス・オドネル)と、頑固な初老の男が旅をするという、下手をすれば途中で退屈になりかねない構造をしている。

だが、この映画は一瞬も観る側を離さない。

それはひとえに、アル・パチーノの存在感と演技の密度ゆえだ。

初対面のシーンからすでに魅せる。

声、間、怒り、皮肉、ユーモア。

画面に映っていない瞬間ですら、彼は“そこにいる”。

 

対するクリス・オドネルも素晴らしい。

彼が演じるチャーリーは、誠実で、未熟で、怖がりで、それでも逃げない若者だ。

その「高貴さ」を、押し付けがましくなく、真正面から演じ切っている。


そして、誰もが愛するタンゴのシーン。タンゴをアル・パチーノと踊るガブリエル・アンウォー演じる女性の、華奢な身体つき、美しさ、知性。

ガブリエル・アンウォーの恋人は決して悪人ではないが、どこか俗っぽい。その対比もまた、この映画の視線の確かさを物語っている。


興味深いのは、フランクが盲目であることだ。

彼は視覚を失っているが、クリス・オドネルやガブリエル・アンウォーのピュアな魂を、誰よりも正確に感じ取っている。

若さと純粋さを失いかけた男が、まだそれを持っている若者たちを“嗅ぎ分ける”。そこに、この映画の核心がある。


一方で、クリス・オドネルの高校の同級生たちも実にリアリティある存在だ。

その若さゆえのムカかせかせ具合、自己保身、集団心理。校長の卑劣さも含め、「ああ、こういう大人いる」と思わせる存在ばかり。

だからこそ、彼らがクソであればあるほどチャーリーの勇気と精神の高さが際立つ(ある意味で、もう一人の目撃者の同級生も他の同級生と同様に姑息だが、少し気の毒でもある)。


『セント・オブ・ウーマン』は、正しさとは何か、誇りとは何か、そして「人としてどう生きるか」を真正面から描いた映画だ。

それは現代にも、そしてどんな時代にも通じる、

普遍的な“黄金の精神”の物語である。


まだ観ていないなら、ぜひ。すでに観た人も、もう一度。おすすめです。

冬でもTシャツを着ている、という話

冬だから長袖。

夏だからTシャツ。

そういう単純な切り替えは、あまり考えません。

俺は冬でもTシャツを着ています。

シャツの下、ジャケットの下、コートの下。

なんなら室内では冬でもTシャツだ。

そして夏は、もちろんTシャツ。

さらに言えば、寝る時もTシャツ。人生でパジャマを買った記憶はありません。

つまり、24時間365日Tシャツで生きていることになります。

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結局、Tシャツはずっと着続けている

白Tシャツなんて、中学生の頃から着ている。俺の場合は昔からヘインズ。

若い頃は、あの三枚入りの安いやつだった。汗をかいて、洗って、また着る。

白Tシャツはおしゃれ以前に、生活そのものでした。流行ったり廃れたりする服は山ほどあったけど、白Tシャツだけはノーシンクでずっと着ています。

 

自分の気に入るTシャツを着ればいい

40代、50代になると、「年相応」とか「正解の服」みたいな話が増えるかもしれません。

でも現実には、一番長い時間身につけているのはTシャツなんです。なので違和感あるTシャツを着ると一日、調子が狂う感じかします。

だからもう、自分の気に入るTシャツを買えばいいと思っています。

無地でもいいし、ロックTでも、映画Tでも。

 

バカ高いTシャツは、やっぱり違う

とはいえ、1枚2万、3万するTシャツを見ると、どうにもしっくりきません。

高すぎるですよ。

自分にとってTシャツは、

着る、洗う、乾かす、着る、寝る

そういう道具です。

 

扱いに気を使うTシャツ。それはもうなんか違いますね。せいぜい飲みに行ったときに、お気に入りのTシャツに醤油や焼肉のタレをこぼしちゃわないように気をつけるくらいです。

 

ペラペラ白Tは、我々には難易度が高い

海外セレブ、たとえば若かりし頃のブラッド・ピットなら、ペラペラの白Tシャツも成立するかもしれません。

容姿の良さ、筋肉も骨格も色気もある。さわやか。

全部そろっています。

でも、我々が同じことをするとどうなるか。

乳首が透けたりしたら、下手をするとセクハラ確定でしょう。だから白Tシャツには、最低限の厚みが必要だと思います。

 

結局、ヘインズビーフィー

そうなると自然に選択肢は絞られます。

ヘインズの白Tシャツ、ビーフィー。ヘインズじゃなくても良い。フルーツなんとかでも良いし無印やユニクロ、ポロクラブでも良い。最近ならファミマのTシャツとかも良いかもしれません。

安くて、厚みがあって、透けなくて、洗っても雑に扱っても気にならない。そういうTシャツが良きですね。

 

ロックTと映画Tは、今も普通に着ている

だからって白Tシャツだけ着てるわけじゃなく。ロックTシャツや映画Tシャツも着ます。これも昔から変わりません。

好きなバンド。

何度も観た映画。

「好きなんですか? ゴッドファーザー?」みたいな会話もときとぎあるし、軽いコミュケーションの一環になるのも良いものです。選ぶのも楽しいです。例えば3000円を上限とし探すと、なかなか面白いです。それにロックTや映画Tは金かければお気に入りの物を買えるってわけじゃないんですよね。

好きな映画でも、そのTシャツのデザインが悪ければ魅力半減。俺はロゴかポスターやアルバムのジャケットデザインなど、象徴的なデザインを好む傾向にあります。

ユニクロやGUの音楽Tシャツや映画Tシャツ、ネタはいいんだけど余計なデザイン入れてるなーってとかあるんですよね。商品の差別化したいのかもしれませんが、普通で良いよっていうね。

最近好きなデザインはゴジラの70周年Tシャツは良かったですね。あと小説ですが村上春樹のダンスダンスダンスと1973のピンボールのやつ。あとユニクロとGU時間差でジョーズ出したけど、どちらも良かったですね。

Tシャツ楽しい。

 

 

 

 

ジャッキー・チェン最新作『シャドウズエッジ』は、アクション映画史における”継承”の物語だ

俺たちのジャッキーが進化している。ジャッキーの新たなる境地だ。フィルマークでジャッキー過去最高のスコアになっている。

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ジャッキーの『ドランクモンキー酔拳』がきっかけで映画好きになり、もう40年以上たつけど、今もジャッキーは素晴らしい。
ジャッキー・チェンの最新作『シャドウズエッジ』を観た。これは『トップガン マーヴェリック』のジャッキー版だと言い切ってしまおう。
舞台はマカオ。カジノの眩いネオンの裏で、正体不明のサイバー犯罪集団が暗躍している。警察は手も足も出ない。そこで呼び戻されるのが、かつての追跡のエキスパート・黄徳忠、演じるはジャッキー・チェン。すでに現役を退いていた彼が、若き精鋭たちとチームを組み、最新テクノロジーと旧式の捜査術を駆使して犯罪集団を追う——。
このプロット、どこかで聞いたことないだろうか。そう、トム・クルーズが戦闘機に乗って帰ってきたあの映画だ。


伝説の帰還、そして継承
1970年代の『蛇拳』『酔拳』でブルース・リー亡き後の香港映画界を背負い、80年代には『プロジェクトA』『ポリス・ストーリー』で自らの身体を張ったアクションの極北を示し、90年代にはハリウッドに進出して『ラッシュアワー』シリーズで世界的スターとなったジャッキー・チェン。彼のフィルモグラフィを振り返れば、常に「身体」こそが彼の武器だった。
しかし70歳を目前にした今、その身体はもう若い頃のようには動かない。『シャドウズエッジ』が描くのは、まさにその現実だ。かつてのアクションスターが、いかにして次の世代にバトンを渡すか。これはジャッキー・チェンという映画俳優の、ひとつの到達点なのだ。

ジャッキーはいくつかのターニングポイントの作品がある。

『ドランクモンキー酔拳』で一躍スターダム駆け上がり、『プロジェクトA』や『ポリスストーリー』でアクションスタートして頂点を極め、度々チャレンジして大きな成果を出せずにいたアメリカ進出だが『レッドブロンクス』から『ラッシュアワー』の流れでその存在感を決定的にした。そして今新たに『シャドウズエッジ』という作品を世に出した。なんとフィルマークでは現在4.2のスコアでジャッキー作品過去最高となっている。


レオン・カーフェイという存在
ただし『トップガン マーヴェリック』と決定的に違うのは、敵役の造形だ。レオン・カーフェイ演じる犯罪組織のボスが、すげえ魅力的なのである。ハリウッド映画の敵キャラは、だいたい記号的だろう。でもこの映画の敵は、信念を持ち、哲学を持ち、そして何より息子への愛情を持っている。
その息子役を演じるツー・シャーも素晴らしい。金城武を思わせる端正な顔立ちで、父と子の物語が、主人公サイドとは別の軸で展開していく。アクション映画でありながら、敵にもドラマがある。これは香港映画の伝統だ。ジョン・ウー監督の『男たちの挽歌』を思い出してほしい。


食卓という戦場
この映画で最も緊張感に満ちたシーンのひとつが、ジャッキー、チャン・ツィフォン、そしてレオン・カーフェイの三人が食事を囲む場面だ。
敵と味方が、互いに正体を隠しながら同じテーブルに着く。表面上は穏やかな会話が交わされるが、言葉の端々に探り合いがある。そんな緊張感の中で、ジャッキーが過去の失敗について語る瞬間がある。仕事で背負った重い十字架。それに対するチャン・ツィフォンの反応が、実に良いのだ。
言葉ではない。表情でもない。ほんの一瞬の間と、視線の交わし方。そこに二人の信頼関係が滲み出る。敵の目の前で、正体を明かさずに心を通わせるこの瞬間——これこそが香港ノワールの醍醐味だろう。


暴君の父と、息子たちの物語
そして忘れてはならないのが、レオン・カーフェイ演じる父と、その息子たちの関係性だ。
暴君のような父親。義理の息子たち。血は繋がっていない。それでも彼らは「ファミリー」として生きている。愛情と恐怖、憧憬と憎悪が混じり合った、複雑な絆。父は息子たちに厳しく、時に残酷だ。息子たちは父に従いながらも、心のどこかで反発している。
この一家の物語が、実に面白い。いや、面白いだけじゃない。泣けるのだ。ギリギリの線で親子としての情があって、犯罪者であっても、人間であることに変わりはない。その人間ドラマを丁寧に描くことで、この映画は単なるアクション映画を超えていく。


主人公チームにも絆がある。だが敵チームにも、別の形の絆がある。どちらが正しいかではない。どちらも必死に生きている。そのことを観客は知ってしまうのだ。


チャン・ツィフォンという発見
ジャッキーとコンビを組むチャン・ツィフォン演じる女性刑事。彼女の存在が、この映画を決定的に現代的なものにしている。もはや彼女が主人公だと言ってもいいくらい、画面を支配している。
考えてみれば、近年のハードボイルド映画で光っているのは、女性主人公の作品が多い。なぜか。答えは簡単だ。ハードボイルドとは「感情を表に出さない」ことが美学だった。でもそれは、かつては男の専売特許だと思われていた。今、女性がその美学を体現することで、逆に新鮮に映るのだ。感情を押し殺して任務を遂行する女性刑事——これは21世紀のハードボイルドの形なのである。


我ら中年世代に刺さる理由
この映画がなぜ我々中年世代に刺さるのか。それは「もう終わったと思っていた人間が、まだやれることがある」というメッセージを、ジャッキー自身の身体を通して証明しているからだ。
最新のテクノロジーと旧式の捜査術の融合。これは比喩じゃない。若い世代のスピードと、年季の入った経験の知恵。両方が揃って初めて、難事件は解決する。そういう物語なのだ。
ジャッキー・チェンは70年近い人生の中で、何度も身体を壊し、何度も「もう終わりだ」と言われてきた。でも彼は今もスクリーンに立っている。『シャドウズエッジ』は、そんな彼自身の物語でもあるのだ。
まだ、見てない人はジャッキーの新たなる境地、お見逃しなく。